全日本キック 小林聡引退試合

小林聡引退試合 キッズ・リターンよ永遠に

野良犬ファイナルマッチ 3分1R
小林聡(藤原ジム)
前田尚紀(藤原ジム)
[勝敗無し]

野良犬に間に合わなかった

僕が小林を初生観戦したのは、残念ながら彼の全盛期を過ぎた後だった。


僕は小林が、当時はヨーロッパ最強と謳われたジャン・スカボロスキーをKOするシーンも、当時の現役ラジャダムナン王者だったテーパリット・シットクグォンイムを壮絶な殴り合いの末にKOするシーンも、オスマン・イギンに2回ダウンを奪われながらも、フック一発で大逆転勝利するシーンも生観戦していない。

つまり、僕は小林聡という選手に間に合わなかった人間なのだ。


その代わり、僕は彼の壮絶な負け様を何度も観てきた。

野良犬は既にボロボロだった

小林を初めて生で観戦したのは、2004年4月16日の全日本ライト級最強決定トーナメントの準決勝での事。

サトル・ヴァシコバとの「小林対決」に挑んだ小林は、1R〜2Rは距離を置きながら打撃を当てる試合ぶりを披露。「このままなら小林が判定勝利するかな?」と思ったのも束の間。3Rに野良犬は、後には絶対に引かないヴァシコバと正面からの打ち合いに応じる。観客の大歓声で後楽園ホールが揺れる中で、打ち合いに負けたのは小林の方だった。ヴァシコバのストレートでダウンを喫した小林は、その後も壮絶な打ち合いを展開。だが、ダウンを奪い返す事は叶わず、無念の判定負けを喫したのだった。


次に彼を生で観たのは2005年1月4日、「格闘科学の探求者」大月晴明との世界王座戦

小林は1R〜2Rは軽快な動きで大月を攻め続けたが、3Rに大月の大砲に捕まってしまう。たった一発のパンチでダウンする小林、長い闘いの歴史の中で蓄積したダメージには逆らえなかった。それでも立ち上がる小林に歓声が贈られたが…、その表情にはダメージの色がアリアリ。この後、小林が3ダウンを喫するまでには、そうそう時間は掛からなかった。


…とまあ、僕は立て続けに小林の壮絶な敗北を、いきなり二連続で生観戦したのだ。


小林はこの後、約一年間ほど表舞台から姿を消す事になる。

といっても、試合をしていなかったワケではない。それどころか、この後の小林は怒涛の四連続KO勝利を修めている。しかし、倒した相手はいずれも無名の外国人。全日本キックの選手が「内に外に」と大活躍する中で、ただ一人「KO勝利」という実績のみを積み上げていった。

その姿はまるで、来たるべき「最期の一戦」に向けて調整を重ねているようでもあった。

僕にとって唯一、野良犬に間に合った瞬間

そんな小林が、久々に表舞台に登場する。2006年3月19日に行われた「日本vsタイ 五対五マッチ」に副将として登場した小林は、ヨードクングライ・ノーンカムジムと対戦。

しかし、小林は1Rに縦肘(たてひじ)を喰らってあっさりと流血。その後、必死に失点を挽回しようとしたが、この流血は止まらず、結局2RTKO負け。この試合を観た僕は「小林の『終わり』は近い」と感じていたが…。

この後、小林は「全盛期の片鱗」を見せる。


2006年6月24日、わずか三ヶ月でヨードクングライとの再戦に挑んだ小林は、会場内に響く程の強烈なボディブローを決めて、たったの1Rでリベンジを果たす。観客の大歓声の中、マイクを握った小林は現役ムエタイ王者に「You are Next!!」と対戦要求。

その自信に満ちた姿こそ、僕が観たかった野良犬だ。というか、こんな時にもプロレスネタを挟むのが、小林らしいというかねぇ。

壮絶に散った野良犬

2006年11月12日、野良犬は久々に大一番に挑む。現役ムエタイ四冠王、ジャルンチャイ・ケーサージムとの一戦だ。藤原ジムのメンバー全員とトレインを組み、セコンドに藤原敏男会長をつけて臨んだ一戦、小林の気合いの入り方は半端ではなかった。


しかし、現実は甘くない。

試合の中で小林は、ジャルンチャイの膝蹴りの連打を捌く事ができずに一方的に蹴られ、額は肘打ちによって裂かれ、おまけに強烈なパンチを喰らい続けた。それでも時折は重いパンチを入れていた小林だったが、それ以上にジャルンチャイの攻撃は激しく、そして強烈なものだった。

試合終了、結果は言うまでもなく小林の判定負け。現役ムエタイ四冠王、その実力は本物だった。


試合終了後、ジャルンチャイが勝ち名乗りを受ける間もリングに残る小林。やがてジャルンチャイがリングを降りると、マイクを持って一言、こう叫んだ。


今日の試合を最後と決めてリングに上がりましたっ!
十五年間ありがとうございましたっ!
これからもキックボクシングをよろしくお願いしますっ!


衝撃的な発言に会場が静まり返る。だが…。34歳という年齢、69戦というキャリア。「引退するな!」「まだ早い!」の声もチラホラと聞こえたが…、殆どの人は自分の気持ちを声にする事ができずにいた。

野良犬が最後にぶっ倒したいヤツ

その後、引退発言を巡って、全日本キック連盟や藤原会長などが話し合いの場を設けたが、小林の意思は固かった。2007年1月4日、正式に引退が決定すると、小林は引退試合の相手として「最後にぶっ倒したいヤツがいる」と発言。

この「最後にぶっ倒したいヤツ」について、関係者やファンの間では色々な噂が飛び交った。名前が挙がったのは大月晴明サムゴー・ギャットモンテープの二人。どちらも、かつて小林に完勝した選手であり「ぶっ倒したいヤツ」としてはこれ以上ない存在だ。他に候補して挙がったのは、小林の師匠である藤原敏男。成程、こちらも別な意味で、「ぶっ倒したいヤツ」としてはこれ以上ない存在だ。

こうして、引退相手についての様々な憶測が飛び交ったが、小林の口から出てきたのは、大月でもサムゴーでも敏ちゃんでもなかった。


「意外が名前」の主は、元全日本キックフェザー級王者の前田尚紀、小林とは同門となる藤原ジム所属の前田、小林のスパーリングパートナーを何度も務めた存在である。


引退宣言をした時あいつだけ涙も見せず放心状態で、
その後の試合を見ても抜け殻みたいだった。


一番一緒に練習して、ジムの中で一番濃い時間を過ごした男だし、
それが抜け殻になっている状態で、オレが最後にできることっていったら…、
「後楽園のリングで真剣勝負をすること」
それがあいつにできる、最後の贈り物なんじゃないかと思った。


その前田が、藤原ジムの面々とトレインを組んで入場してくる。いつもはスタスタと足早に入場してくる前田だが、この日ばかりは特別な想いで入場してきたのだろう。

野良犬、最後の入場

前田の入場が終わると、会場内に名曲「キッズ・リターンのテーマ」が流れ、やがて今日の主役が登場してきた。今日の小林は、『あしたのジョー』で矢吹丈が最後の試合で着ていたガウンをモチーフにしたガウンを身に纏い、たった一人で入場してくる。特に気負う様子もなく淡々とリングへ向かう小林だが、泣いても笑ってもこれが最後の試合。「キッズ・リターン」の美しい旋律と相まって、観客の中にはこの入場の時点で感極まっている人も多かったようだ。

野良犬友の会」が準備した垂れ幕には「さらば小林聡、さらばキックボクシング、さらば東京、さらば錦糸町のマリンちゃん」と書かれていた。この期に及んで、相変わらず内輪ネタに終始している小林の垂れ幕を観るのも、これで最後なのかなぁ…と思うと、感慨深いものがある。

リングに立って観客に向かって礼を行ない、前田と軽くグローブを合わせた小林。野良犬引退試合が今、始まる。

野良犬が真っ白な灰になる

観客の「小林いいいぃぃぃ〜っ!今日はお前の試合だけを観に来たんだあああぁぁぁ〜っ!」の叫び声と、それを聞いた観客の大歓声と共に始まった小林の試合。時間にしてみればたったの3分間だったが、その内容は熾烈を極めた。


試合は序盤からテンポの良い打撃が交差、お互いにパンチとローを交換する展開が続く。

その均衡が破れたのは1分過ぎ。前田は突如、ギアをチェンジしたのだ。小林を一気にコーナーに追い詰めてのパンチの連打、前田は小林を本気で潰しに行ったのだ。あまりの猛連打ぶりに観客が騒然とする中、当の小林はガードをガッチリと固めて反撃の機会を待つ。

前田の猛ラッシュをしのいだ小林は自ら前に出ると、固めていたガードを解いて全力で前田に襲い掛かる。小林の意気を察した前田もノーガードで応え、試合は壮絶な打ち合いとなった。前田は右フックを連続で小林に叩き込むが、小林は左ボディブローで前田の腹をえぐり、右の肘打ちで前田をグラつかせる。


観客の大歓声の中、小林の右ストレートが決まったところで試合は終了。ゴングが鳴った瞬間、観客からは温かい拍手が贈られる中で、小林聡は燃え尽きた


燃え尽きた直後の野良犬

小林はまず、大役を終えて力が抜けた前田を抱き起こした。気持ちが解れて号泣する前田と抱き合った後、次に須田達史トレーナーと抱擁を交わす。そして今度は小林が号泣。苦楽を共にした須田氏との心の交感、感極まるのは無理のない話だ。


そして大型スクリーンには、立木文彦氏のナレーションによる引退記念VTRが映し出された。


・キックボクシングとの出会いは、長野のピンサロの地下
・高校を中退して、親にも告げずに東京へ
・更なる強さを求めて、単身オランダ・メジロジムを訪問
・帰国後、心の師匠である藤原敏男と出会う
・藤原ジム所属になってからは、外国人強豪を次々に撃破
・現役ムエタイ王者に勝利し、キックボクシングの頂点へ
・晩年、そして引退へ


映像の最後に、引退後の事について聞かれた小林、「なんかいいバイト、ないっスかね?」と返答。キックに出会った時から野良犬だった小林は多分、引退後も野良犬のままなのだろう。

野良犬が15年間で得た財産

小林の引退セレモニーが始まった。


キック生活15年の労をねぎらうべくリングに上がったのは、全日本キック連盟の代表である金田敏男、浅草キッド西山茉希のSRSトリオ、ライバルである金沢久幸、「孤高の天才」田村潔司、藤原ジム代表の山本真弘全日本キック選手代表の増田博正といった面々。そして最後に登場したのは…やっぱりこの人、心の師匠・藤原敏男。敏ちゃんはまず小林にビンタをかまし、やがて涙を流して抱擁。自然発生した観客からの温かい拍手は、抱擁が終わっても鳴り止む事はなかった。

この後、練習仲間の吉鷹弘、もう一人の心の師匠・アンドレ・マナート(オランダ・メジロジム代表)からの電報が読み上げられた。マナートからの電報は「今度、こっち(オランダ)に来たら一緒に飲もうっ!」という気さくな内容。う〜ん、いいバイトを探している小林が、海の向こうの向こう、そのまた向こうに師匠と飲む機会はあるのかねぇ?

野良犬、最期の挨拶

引退選手の最後の儀式、10カウントゴングを目の前にした小林がファンに向かって最後の挨拶を行なう。


ご来場の皆さん、今日はファイナルマッチにお越し頂き、大変感謝しています。
そして最後に戦ってくれた前田、ありがとう(観客拍手)。
これからは前田と藤原ジムの弟たちが、打倒ムエタイの道を引き継いでいってくれると思います。


苦しい時でも、どんな時でも、いつも隣にいてくれた須田トレーナ、
そして師匠であり親父でもある藤原敏男先生に会わせてくれた、
キックボクシングの神様に感謝します(観客拍手)。


これまで15年間、全日本キックで戦ってきたことを誇りに、人生の宝物にして、
これから頑張っていこうと思います。


これは沢村忠さんの言葉でもありますが…、キックボクシングは永遠に不滅です。
それをこれから、全日本キックの選手たちが証明していってくれると思います。
15年間、ずっと応援してくれたキックファンのみなさん、ありがとうございました。


これからもキックボクシングをよろしくお願いします(観客拍手)。





10カウントゴングが鳴った後、宮田充リングアナが「赤コーナー、WKAムエタイ世界ライト級王者、小林聡!」とコール。リング内には桜吹雪が舞い散り始める中、会場内には最後の「キッズ・リターンのテーマ」が流れ、観客の大歓声の中で小林は笑顔で花道を後にした。

キッズ・リターンのテーマ(イントロのみ)


多くの観客が泣いていた。後楽園ホールで、こんなに涙を流す人を見るのは初めてかもしれない。

野良犬

僕は小林聡という選手には間に合わなかった。でも、その片鱗には触れる事ができた。


「判定勝ちをヨシとせず、常にKO勝ちを狙う超攻撃型スタイル」「K-1に反旗を翻し、己の闘い方を貫き通した」「肝心なところでは負ける事も多かったが、その分だけ勝つ時は豪快に勝つ」。そういう小林の姿のすべてを、僕は知っているワケではない。でも彼は、どんな試合でも常に、自分の信条を貫き通していた。だから晩年の闘いぶりからでも、その人生の凄まじさを感じる事ができたのだ。

どんな時でも、どんな相手でも、どんな状況でも。彼は自分の生き方のすべてリングで表現し続けた野良犬。「人と同じ事はやりたくない」という彼は、キック生活を終えた後も人と違う事をし、小細工なしで真正面から向かっていき、そして豪快な勝利を掴むのだろう。


なぁ、小林の人生はもう終わっちゃったのかな?

バカヤローッ!
まだ始まっちゃいねえよっ!


野良犬の第二の人生に、幸多かれ。


小林聡
2007年3月9日 引退
生涯戦績 69戦46勝(34KO)21敗2分